おがた・こうあん 1810〜63年。足守藩(現・岡山市)の下級藩士佐伯惟因の三男に生まれる。26年、大坂の蘭方医中天游に入門。次いで江戸の坪井信道の下で苦学する。長崎遊学をへて38年に大坂で開業、併せて蘭学塾・適塾を開く。同塾では慶応義塾の創設者福沢諭吉、近代軍制の創始者大村益次郎らが学んだ。種痘やコレラ治療に力を注ぎ、「病学通論」「扶子経験遺訓」「虎狼痢治準」などの訳書を刊行。62年、幕府に召し出され、再三固辞した奥医師、西洋医学所頭取に就き蘭学界の第一人者となるが、心労が重なったのか、わずか10カ月後に突然の喀血(かっけつ)で急死した。
住 所 | 岡山市北区足守 |
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URL | https://www.city.okayama.jp/museum/okayama-history/05ogatakoan-seitanchi.htm |